サイバーフィジカルシステムとは
■概要
→基本説明
→サイバーフィジカルシステム(CPS)の適用範囲
→サイバーフィジカルシステム(CPS)の基本的な流れ
■「サイバーフィジカルシステム(CPS)」と「IoT」の比較
■情報爆発
→基本説明
→「知」の蓄積
→「ディープラーニング」で「人がつくる仮説」限界を超える
■サイバーフィジカルシステム(CPS)が注目される理由
→①組み込みシステムの複雑性が急速に増大
→②ITが社会システムのインフラに
→③サイバーフィジカルシステム(CPS)を可能にする要素技術の発展
■サイバーフィジカルシステム(CPS)ビジネスと日本企業
■サイバーフィジカルシステム(CPS)の動向・事例
→日本政府の政策
→国会図書館
→コンビニの省エネ対策
→交通システム
→船舶運航管理
→医療/健康管理
→都市洪水対策
→農業
→米国・国立科学財団
→米国・IBM社
→米国・ゼネラルエレクトリック社「インダストリアル・インターネット」
→ドイツ・Industrie 4.0
■サイバーフィジカルシステム(CPS)は重要な社会インフラへ
これまで「経験と勘」に頼っていた事象を効率化し、より高度な社会を実現するためのサービスおよびシステム。
「サイバーフィジカルシステム」(CPS:Cyber-Physical System)とは、現実世界(フィジカル空間)でのセンサーネットワークが生みだす膨大な観測データなどの情報について、サイバー空間の強力なコンピューティング能力と結びつけ数値化し定量的に分析することで、これまで「経験と勘」に頼っていた事象を効率化し、より高度な社会を実現するために、「あらゆる社会システムの効率化」「新産業の創出」「知的生産性の向上」などを目指すサービスおよびシステム。
これまで実現できなかった「部分最適」から「全体最適」へ向かうアプローチであり、データの収集/蓄積/解析により得られた解析結果を実世界へフィードバックする一連のサイクルについて社会規模での実現を目指す。
サイバーフィジカルシステム(CPS)は、「小規模組み込みシステム」から「自動車や航空機関連の大規模システム」「電力ネットワークなどの社会インフラシステム」などまで広範囲に適用される。
近年では、「コンピューターによる制御」だけではなく「より複雑なシステム」についてもサイバーフィジカルシステム(CPS)と呼ばれることがある。
サイバーフィジカルシステム(CPS)の基本的な流れとしては、以下のようなパターンがある。
①制御対象(人/自動車/製造装置など)に、多くのセンサー(IoTデバイス)を取り付ける
②収集したデータをクラウドに転送する
③クラウド上で集約されたビッグデータの統計解析を行い特徴量を抽出する
④得られた知見を制御対象にフィードバックして、より最適な制御を行う
「サイバーフィジカルシステム」と似ている概念として「IoT(Internet of Things)」がある。
「IoT(Internet of Things)」とは・・・
「現実世界の監視/制御対象のデータを収集し分析システムに送信する」など、現実世界にあるものを中心としてインターネットにつながることを重視している。
「サイバーフィジカルシステム」とは・・・
現実世界のIoTデバイスからデータを収集し、サイバー空間(クラウドなど)で分析を行い、その結果を現実世界にフィードバックするまでの範囲を含む。
「現実世界の情報」と「サイバー空間の情報」の融合に重点を置いている。
これまで、「多様なデバイス」「高度な組み込みシステム」「制御システム」などが生みだすセンサーデータは、他のシステムと連携される頻度は低く、独立して存在している場合が多かったが、IoT技術の普及により、これらの膨大なセンサーデータがインターネット上で送受信されるようになってきている。
また、ソーシャルメディアの普及により、各個人のスマートフォンから生み出されるデータも急増している。
近年、これらによりデータが急増していることを1つの要因として、インターネット上のデータ量は「情報爆発」と呼べるほどに指数関数的に増加している。
情報爆発により、サイバー空間内の超巨大データベース上には、さまざまな種類の膨大なデータ(モデル/ソリューション/知見など)が蓄積される。
ビッグデータを解析して知見を得るプロセスにおいて、人力では限界がある。
人が統計解析する場合、膨大な組み合わせの中から、仮説を立てることで、数を絞って検証を行う。「どれだけ良い仮説を立てられるか?」がポイントであり、仮説が前提のため、人が気づけない仮説は検証できず、すべての知見を引き出すことはできない。
この人間の限界を超える手段として、人工知能(ディープラーニング)が注目されている。ディープラーニング手法では、仮説がなくても機械的に特徴量を引き出すことが可能であるため、人が気づけない知見についても引き出すことが可能であると期待されている。
近年において、サイバーフィジカルシステムの考え方が注目されている主な理由として、次のような要因が関係している。
以前の組み込みシステムはシンプルなものが多かったが、近年になって複雑さが急速に増大している。そのため、既存の設計手法では、高品質/高信頼なシステムを作るのが困難になってきている。
最新の旅客機に組み込まれているソフトウェアサイズは1000万行を超えるとされており、バグによる致命的な事故の引き金になりかねない。
組込みシステムは、サイバー空間内のデータ処理だけには収まらず、物理世界の人間の安全にも影響を与える要素が大きいため、現実世界とサイバー空間の両者を包括できる設計手法が求められている。
ITは、自動車/航空機などの単体の機器制御だけではなく、社会システムのインフラとして組み込まれるようになっている。
ITは、社会の仕組みと複雑に絡み合っており、環境/エネルギー/食糧/交通/経済/安心/安全/医療など、何らかの形で全世界の人間活動とつながっている。
非常に複雑な社会システムについて、安全かつ効率的に、設計/運用/保守を行う重要性は増している。
サイバーフィジカルシステムの考え方は、以前から存在しており、半導体製造工程/化学プラントなどの分野においては適用されている部分もあった。しかし、導入/維持管理コストが高額であるため、費用対効果の面で、他分野まで浸透していなかった。
近年、複雑なサイバーフィジカルシステムを可能にする要素技術が発展してきたことで、今までに比べ安価に導入できる環境が整ってきたことにより、今まで導入されていなかった分野においても注目を集めるようになっている。
主な要素技術発展として次のようなものがある。
・センサー技術の発展
・ネットワーク環境の整備
・通信チップの安価製造(スマートフォン普及による量産効果)
・膨大なデータを処理するための統計解析用プロセッサの高速化(GPU/クラウドコンピューティングなど)
・データ解析技術の発展
・機械学習関連技術の発展
サイバーフィジカルシステムは現実世界とのつながりが重要であり、ステークホルダーも多岐にわたる。そのため、1社(1機関)がイニシアティブをとり、サイバーフィジカルシステムを推進することはは非常に困難となる。さまざまな企業/機関が連携し、それぞれが適切に役割分担を行い、実現のために協力して推進する必要がある。
独占的な提供主体が成立しにくい環境は、日本企業にとってもサイバーフィジカルシステム分野で市場プレゼンスを発揮できる可能性があることを意味している。
日本は「組み込み機器」や「センサー技術」などの現実空間サイドに強みがあるため、クラウドサービス(サイバー空間サイド)に強みがある米国などと連携して、都市開発/交通整備/医療福祉などのサイバーフィジカルシステムの開発/運用において、存在感を発揮できるチャンスがある。
日本政府の政策としては、文部科学省が2011年度文部科学省委託業務「目的解決型のIT統合基盤技術研究開発の実現に向けたフィージビリティスタディ」を実施し、「安心/安全な社会」「社会システム全体の高効率化」を実現するための国内外の技術開発動向や適用事例などを調査している。
2012年度には「社会システム・サービスの最適化のためのIT統合システム構築」という事業を実施している。
国会図書館が知的基盤を整備するため「知識インフラ」としてのサイバーフィジカルシステム整備が提言されている。
本や論文にアクセスできるだけではなく、「論文に書かれた実験プロセス」「その文書をとりまくコンテキストの情報」まで含めた管理も対象領域とすべく挑戦をしようとしている。
2010年の省エネ法改正に伴い、日本全体のコンビニにおいて、「電気代」「エネルギーコスト」「CO2排出」の削減に取り組む実証実験が行われた。店舗のさまざまな場所にセンサーを設置し、照明機器や空調機器の制御を行うというものだった。
結果として、「照明の細かい制御」「メンテナンス最適化」「店舗内の要冷機器やコンプレッサーの位置変更」などが行われ、約10%の省エネを実現した。
交通システム「ITS(Intelligent Transport Systems)」は、「道路や信号に埋め込まれたセンサー」や「車から送信されてくる情報(位置/速度)」などを分析し、高度な自動制御を行うことで、輸送効率/快適性向上を目指している。
海運業界では、船舶建造コスト削減などよりも「グロスの燃料消費量最小化」が重要とされている。
船舶に各種センサーを取り付けて、衛星通信を経由して分析した結果、「悪天候時に運航を強行したことで、逆に入港での待機ロスが多く発生していた」などのことが判明した。
「過去運行データ」「海の状況」「天気の状況」などを総合的に分析することで、省エネで、トータルで最適となる運行計画策定が実現されつつある。
「体重計データ」「血圧計データ」「血糖値データ」などに加えて、ウェアラブルデバイスでの「運動量データ」などを継続的に測定することで、見過ごしがちな病気の発見につながり、健康維持や健康増進となる。
また、膨大な投薬ビッグデータを分析することで、患者の治療の高度化に貢献し、副作用情報などの把握に応用できることも期待されている。
「センサー技術」「データベース」「シミュレーション技術」などを組み合わせて、半日前に豪雨の予測ができれば、適切なダム放流などを行うことによって、都市洪水の被害を減少させるための研究も行われている。
農業において、センサーから得られる各種情報(気温/湿度/降雨など)に基づいて、自動で適切な散水を行うことで生産性を上げることが実現されつつある。
米国では、米国国立科学財団(NSF:National Science Foundation)が、さまざまなセクターが抱える課題を解決する基礎的研究の重点課題としてサイバーフィジカルシステムの研究支援プログラムを立ち上げており、73以上のプロジェクトに対して約6500万ドル以上の予算を充てて取り組んでいる。
IBMは、1950年代後半から、半導体製造工程において、サイバーフィジカルシステムをベースとした生産性向上に取り組んでおり、そのノウハウについて、IBMのさまざまな事業に適用して効果検証してきている。
特に、サプライチェーン分野にサイバーフィジカルシステムを適用し、非常に高度なシステムを構築している。
米国の多国籍コングロマリット企業であるGE社(ゼネラルエレクトリック社)は、「インダストリアル・インターネット」を推進しており、航空機/電車/ガスタービンなどの「産業機器の運行」や「部品の状態」などをインターネットで総合管理することにより、コスト低減/効率向上を図ろうとしている。
主力事業の航空機エンジンにサイバーフィジカルシステムを適用することで、大きな成果を上げている。
ドイツでは「Industrie 4.0」プロジェクトを推進している。
このプロジェクトは、サイバーフィジカルシステムをベースに製造業を強化する試みで、ICTの徹底活用により、消費から生産までの過程を統合的に把握し、効率的な生産管理システムの実現を目指している。
製造工場内のあらゆる機器を通信ネットワークでつないだ「スマートファクトリー」を構築し、トヨタ生産方式のカイゼン活動を、現場の人間だけでなく、センサーからの情報をコンピューターで解析することで、より迅速に、より効率的に行おうとしている。
現実社会とサイバー空間が一体となり、より緊密に結びついたサイバーフィジカルシステム(CPS)は、今後の重要な社会インフラとして広く浸透していくことが期待されている。
サイバーフィジカルシステムは、あらゆる分野に影響を及ぼす可能性が高く、大きな需要が期待できる。そのため、世界中のあらゆる産業において、サイバーフィジカルシステムをベースとしたデータ解析により、新たな知見を引き出すビジネスが生まれることが予想されている。
取り組むべき課題として「サイバーフィジカルシステムにおける通信/ビッグデータのセキュリティ」が指摘されている。
IoT技術を含むサイバーフィジカルシステムは、今後の情報社会において極めて重要な位置づけにあり、ITと現実社会が融合する効率的で豊かな社会を実現するためのコア技術として、大きな注目を集めている。
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