CLOSE UP コラム | 人工知能の課題と限界(2)

人工知能の課題と限界(2)

CLOSE UP 事例

2016年10月24日
オープンソース活用研究所 所長 寺田雄一

人工知能は、万能か。巷間ささかれているように、シンギュラリティの到来で、人間が人工知能のしもべとなる日がくるのだろうか。人工知能の発達と人間の知性を対比しながら、人工知能の課題と限界を考察する。

ニューロン研究は、人工知能の限界を突破するか。

前回説明したとおり、記号ベースで処理を行う人工知能には、限界がみえてきた。そこで脚光を浴びたのが人間の脳の神経細胞(ニューロン)を数学的モデルに置き換える試みである。

ニューロン研究は、すでに1940年代から提唱されていた。人間のニューロンは、信号がシナプスという入力点からある細胞へ入ってくる。その刺激信号の合計がある閾値を超えるとこの細胞は化学的に興奮し、その軸索へ興奮信号を出す。これがまた別の細胞へ伝えられる。このような神経細胞が無数に接続して 回路を形成している。長年の研究によってステップ状の増幅がなされるモデルも考案された。

しかし、このステップ関数を用いると複雑な神経回路網モデル全体の振る舞いを計算するのが困難になる。そこで、1980年代の中ごろに認知科学者がこのステップ関数をほとんどステップ状ではあるが滑らかな関数で近似するという考え方を導入し、複雑な計算が繰り返しの近似計算によって比較的簡単に行なえるようにした。このようなモデルでは認識したい対象文字を多数集め、コンピューターに何度も見せるだけでシナプス間の結線の重み付け(シナプスの結合度)が自動的に変化してゆき、対象文字をほとんど誤りなしに認識できるようになる。

そして、この重み付けは、これまでの記号処理とは根本的に異なり、アナログ的な処理のモデルとなっているため、より人間の脳における情報処理に近いと期待を抱かせた。

実際、このシステムは画像を認識するという限りにおいてすばらしい。誤りがほとんどなく認識できるようになるまでの結線の重みの再調整の計算も1960年代に比べて今日では格段に速くできるし、これを直接実行させるハードウェアも作られるようになった。認識対象も数字から英語のアルファベット文字、さらに漢字へと拡大した。

しかし、人間は文字が横向きになっていても簡単に読むことができるのに対して、人工知能には、対象を回転させたりするとまったく対処できないという限界があった。人間の神経回路網を模擬しているはずのモデルでこれができないのは、対象を記号化できていないからであろう。つまり、またしても記号着地の課題にぶつかっているのである。

脳の情報処理においつくための、人工知能3つの課題。

また、これまで人間の小脳は知的活動とは関わりがなく、身体運動や反射などを行なっているに過ぎないと考えられてきた。しかし、最近の研究では、知的活動を行なっているのは大脳だけではなく、小脳と密接に連携していると考えられている。小脳のうちでもとくに新小脳が、人間のコミュニケーションや知性に大きくかかわっているという。

今まで述べてきたとおり、人工知能には、根本的に解決できていない課題が多すぎる。脳学者のなかには「脳の情報処理が解明されるには3つのレベルの研究が統合される必要がある」という意見もある。

まず、最上層では、脳がやっている情報処理の抽象的な目的・目標という“計算の理論"。中央層ではその処理のために入出力がどのように表現され、入力がどのようなアルゴリズムで出力へ変換されているかという“表現とアルゴリズム"。最下層ではそのアルゴリズムがどのように物理的に実現されるかという“ハードウェアの構造"である。

これはコンピューターの回路を見てそこからコンピューターがどんな処理をしているのかわかるのかという問題に似ている。コンピューターの回路の電流を測っていても、動いているソフトウェアの目的、それがゲームなのか会計の計算なのかはわからない。

最上層で一つの概念や主張を伝える必要があるとして、第2の層ではそれをどのような言語で表現してもよいし、最下層ではそれをどのようなメディアやハードで表現してもよい。このように、最上層では1個である概念が、下層では多数の手段で表現され実現されている。だから最上層だけに注目して脳はこう計算しているに違いないと主張しても見当違いとなり、また最下層でいくら詳しく物質や信号を物理的に調べても、その上位の階層での文法や処理の目的や扱われている意味・概念はわからない。

現状としては、脳の解剖学的な知見を元にして、その上で行なわれている(らしい)処理を推察することが、ようやく部分的にもできるようになってきたというところである。

脳の解明は、遠く険しい。しかし、だからといって人工知能の実現が原理的に不可能といってしまうのは早計である。今まで実現不可能と思われていたこともパラダイムが変わればあっさり実現できる可能性も、もちろんある。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~ninten-zatsugaku/AI.htm


著者プロフィール

オープンソース活用研究所 所長 寺田雄一

1993年、株式会社野村総合研究所(NRI)入社。 インフラ系エンジニア、ITアーキテクトとして、証券会社基幹系システム、証券オンライントレードシステム、損保代理店システム、大手流通業基幹系システムなど、大規模システムのアーキテクチャ設計、基盤構築に従事。 2003年、NRI社内に、オープンソースの専門組織の設立を企画、10月に日本初となるオープンソース・ソリューションセンター設立。 2006年、社内ベンチャー制度にて、オープンソース・ワンストップサービス 「OpenStandia(オープンスタンディア)」事業を開始。オープンソースを活用した、企業情報ポータル、情報分析、シングルサインオン、統合ID管理、ドキュメント管理、統合業務システム(ERP)などの事業を次々と展開。 オープンソースビジネス推進協議会(OBCI),OpenAMコンソーシアムなどの業界団体も設立。同会の理事、会長や、NPO法人日本ADempiereの理事などを歴任。 2013年、NRIを退社し、株式会社オープンソース活用研究所を設立。

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